転職コラム”展”職相談室

キャリアや転職に関わる様々な疑問・お悩みなどに、アクシアムのキャリアコンサルタントがお答えします。

“展”職相談室 第83回
2010.04.08

ベンチャーへの転職。キャリアにおけるメリットとデメリットは?

私はこれまで、外資系消費財メーカーでセールス、マーケティングをコアとしたキャリアを積んできました。現在32歳ですが、ベンチャー企業への転職を本気で考えています。ベンチャーといっても数十人規模から数百人規模までさまざまあると思うのですが、職能開発やキャリアの点で、どのような差、あるいはメリット/デメリットがありますか?

経営者と近い立場でやった方がより成長しやすいなどの傾向もあるのでしょうか?

Answer

ベンチャー企業といっても、本当にさまざまです。

総務省「事業所・企業統計調査」によると、日本では年間約50万社(個人事業や支社を含む)が新規に開業していて、同じくらいの数の企業が廃業しているそうです。開業率・廃業率に換算すると、6%前後ということになります。

よく「成功するのは1000に3つ」と言われますが、同統計調査によると、全産業(レストラン開業などの個人事業含む)では、創業1年目で約30%近くが消滅するという高い退出率であり、さらに5年後の生存率は約40%、10年後では約25%の企業しか生存していないというデータもあります。

ただ、株式会社であり(個人事業や有限会社でなく)、かつしかるべきベンチャーキャピタルが投資している企業に限定してみれば、そこまでひどいものではありません。例えば、日本の「創造法認定企業」では、設立5年後の生存確率で65%程度はあるというデータもありますし、VCが投資した後5年以内にIPOする確率は10%程度あります。 それでも泣かず飛ばずのまま事業を続けるか、会社閉鎖となると会社が90%であるわけです。
(ちなみに、アメリカのVCの撤退ルールは明確/厳密で、3-5年の期間で設定されたハードルを越えることができないと撤退または売却されます。シリコンバレーのベンチャーなど、5年後の生存確率は日本に比べ下がるようです。)

よって、飛び込んだベンチャー企業がIPOするなど大成功し、ストックオプションなどで高報酬を得られる確率は決して高くはないと考えておいたほうがよいでしょう。

本気でベンチャー企業への転職を考えるのであれば、年収が下がることは覚悟し、お金よりも将来のキャリアのための投資であるくらいに考えておいたほうがよいといえます。未経験業種や職種に就ける機会、職責の拡大、見識磨き、人脈形成、経営の本質を学び体感できることなど、お金で買えないプラス面に目を向けるべきです。

それはすなわち、ベンチャーに入るからには、その企業が成功しなかったとしても、もう一度大企業に戻ったり、再度ベンチャーで挑戦したり、あるいは再生のマネジメントにチャレンジしたりできるようになっておくということでもあります。

そのために重要なのは、「入社してスキルアップできるか?」だけではなく、「入社してアウトプットを出せるか?」という考え方です。

当然、経営者の近くであれば学べることは多いでしょうが、それだけで選んでしまってはいけません。28歳くらいまでであれば「スキルアップできるか」や「学べるか」だけを考えて転職してもまだよいかもしれませんが、32歳になるのであれば、「自分の力で3年以内にしっかりとした実績を残せるか?」を真剣に考えてください。「自分ならではの成果」や「達成事項」こそが、その後の選択肢を広げるうえで重要なファクターとなるのです。

では、どのようにして自分が成果を上げられるかどうかを見極めるのか? それには、ベンチャーの「成長ステージ別 求められる人材」を知るとよいでしょう。 どの時期のベンチャーであれば自分が貢献しやすいかを考えることが大事なポイントです。

では、その4つのステージとステージごとに求められる人材や能力について見てみましょう。

※実際には、ベンチャーの経営者の考え方やそのベンチャー特有の企業文化、タイミング、競合他社の状況などによっても異なると思います。本分類は、あくまでもアクシアムから過去にベンチャー企業にご紹介した方を含む、実際にあったケースからのサンプリングであり、アクシアム独自の調査に基づく分析とご理解ください。なお、ステージの分け方は、ビジネススクールなどでも使用されている一般的な分類です。


■ステージ「0」:創業前の時期

求められる人物 : ビジネスインキュベーション経験者、リスクテイク型経営者

起業家の頭の中からビジネスが発想され、資本が加わり、一つの会社が生まれます。 ほとんどのベンチャーは知人や友人、知己の中から生まれます。「こんなビジネスやろうと思っているのだが、一緒にやらないか?」などと言って知り合いを集める、原始的な人の集め方をされます。 よって、この段階では求人はオープンにならず、外部人材の求人はほとんど発生しません。 企業内起業なども社内で人材を集めてしまいますので外部から人材を登用することはないのが通常です。

ただ、例外的にベンチャーキャピタルがビジネスプランを考えた際や研究者がビジネスを起こす際には、最初からCEOを外部に求める場合があります。ビジネスアイディアや技術・特許、資本は揃っているのにそれを事業化、インキュベーションしてくれる経営者がいないというケースです。そのケースでは、大企業経営とことなり、ベンチャーインキュベーションをリードできる、リスクをとって0(ゼロ)から1を生み出す経営者が求められます。また、社名も決まっていないし登記もまだという段階であることが多く、一般公募ではまず優秀な人材からの応募が見込めないため、サーチ経由で求人することが多いようです。

 

■ステージ「1」:創業直後の時期

求められる人物[1] :セールス&マーケティング領域のプレーイングマネジャー
求められる人物[2] :コマーシャルマインドを持った開発者

戦略、事業計画が実行に移され、ビジネスが動き始めます。 この時期もっとも大事なことは、なにより計画どおりに売上を立てることです。売上が作れないと、資本はすぐに底を突き、計画は絵にかいたモチに終わってしまいます。

よって、何より売り上げを立てられる方、マーケティングを行いながらお客さんの望んでいるものを徹底的に作りこみ売ることができる人材が求められます。この時期は、経営企画や戦略が立てられる人よりもその企画や戦略を形にするインプリメンテーションができる方が求められるのです。

仮説・実行・検証のサイクルを速く回し、仕組み化ができる方。そしてプランの変更や商品・サービスの大胆な変更も思い切って実行でき、とにかく顧客を作り、売り上げを作る方法を考え導入するというような実行力と頭脳をもった人が求められます。

また、自分だけは売れるが部下や他のメンバーは売れないというのも駄目で、メンバーが一緒に売上を立てられるようにするマネジメント力、マネジャーとしてのスキルも求められます。

他に、ビジネスによってはサイエンティストやエンジニア、システム開発、モバイルのスペシャリストなどの開発型人材も同時に求められます。 ここでも、重要なのはやはりコマーシャルマインドです。良いものや最高のものを作るというよりも、顧客が求めているもの、売れるものや利益になるものを作り出したいというような志向性があり、リスクを恐れず、限られた資源の中でなんとかやってやろうというタイプが求められます。

こうした志向性を持つ方が、これまでの常識を破るようなヒット商品を生み出しています。携帯電話のソーシャルゲームなどが好例です。凝った画面も複雑なプログラムもないごくシンプルなゲームが立て続けにヒットしていますが、そんなゲームを作るという発想は、既存TVゲーム業界の開発者からするとあり得ないのです。

なおこのステージでの求人では、多くの候補者からベストの人材を選ぼうという意図で、一般公募とサーチとで並行して行われることが多いようです。

これで、短期に黒字化を果たせることができればステージ「1」は成功です。

 

■ステージ「2」:株式公開前後の時期

求められる人物 :CFO、経営企画室長、人事部長、IR担当者など管理系人材

売上も拡大し組織も順調に拡大すると、いよいよ株式公開の準備に入ります。すなわち、公開企業として会社の体制作りが始まります。この時期には、今までそれほど必要としなかった規定づくりや人事制度の整備、決算報告書の作成やIR業務などの業務が急激に増えます。

この段階で、ステージ「1」までにジョインしたメンバーの中で、成果を上げた方や能力がある方は役員になりますが、ほとんどの場合、既存メンバーではこうした管理系の業務や次のIPO後の成長を目指すための組織作りに対応しきれないことがはっきりしてきます。

そこで、概ねCFOや経営企画のTOP、人事部長、IR担当者などの求人が発生するのです。 IPO前に必要なすべての人材がそろうことはまれで、IPO前から求人し始め、見つからない場合はIPO後も継続的に求人しているということが多いようです。

この手の求人は、公募されないケースが多いようです。IPO準備中であることが外部に開示できなかったり、重要人材がかけていることを外部に知られたくないというのが主な理由で、ほとんどがサーチ会社経由で探すことになります。

 

■ステージ「3」:公開後、さらに企業価値を高める時期

求められる人物 :新規事業開発責任者や事業統轄担当者

IPOで得た資金を使ってさらなる拡大を目指す際には、多くの場合新規事業を立ち上げるという戦略をとります。場合によっては、M&Aなどによる拡大を目指すこともあります。 いずれの場合も、創業時期以上に制約条件が多く、競争の激しい中で拡大を目指すことになります。

国内トップとなったベンチャーが、いよいよ海外展開するということで、事業開発の先が海外になることもあります。新規事業には社内のエースと投入し、逆に既存ビジネスの統轄を外部人材に任せるというケースもあります。 よって、まさに新規事業開発責任者やM&Aを含めた事業開発ができる方、あるいは既存事業を責任者として任せることができる方というレベルの求人が発生します。

成長のスピードも加速するため、社内の人材を抜擢するだけでは間に合わないというケースが多く見受けられます。しかし、ある程度知名度もあがってしまったベンチャー企業には、「今から入っても、もう役員になるチャンスはないから」、あるいは「ストックオプションなどの魅力ももうないから」と言って、意外に関心を示されないことが多いようです。(実際にはチャンスはまだまだあるのですが。)

なお、この時期の求人は一般公募をされるのが普通ですが、中には諸事情により公開されず、サーチファームのみが動くというケースも多くあります。


いかがですか?

例えば、ステージ「1」のフェーズでCFO候補として入社しても力の発揮のしようがないこと、ステージ「3」の企業に、何でも屋的なセールスマネジャーが入社しても苦労するだろうことがお分かりだと思います。 皆さんの得意としていることをベンチャー企業で生かすためには、ベンチャーの成長のタイミングにうまく合致させることが大事なのです。

※こちらでは、質問と回答を簡潔に要約し、典型例としてご紹介しております。キャリアコンサルティングの現場ではコンサルタントとキャリアについてご相談いただくのはもちろん、実際の求人ポジションをテーブルに載せながら、「現実的な可能性」の検討をしています。したがって、その時々で市場動向・受託ポジションが異なりますので、「現実的な可能性」=キャリアのチャンスも様々になります。

コンサルタント

インタビュアー/担当キャリアコンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)