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転職コラム転職市場の明日をよめ
アクシアム代表/エグゼクティブ・コンサルタントの渡邊光章が、日々感じる転職市場の潮流を独自の視点で分析しお伝えします。(※不定期更新)
2023年10月~12月 2023.10.05
これからの『人的資本経営:Human Capital Management』とは
VUCA時代、そして情報産業革命の時代を迎え、『人的資本経営:Human Capital Management』の重要性が再確認されるようになりました。そのような潮流の中で、「転職できる人」と「転職できない人」の差はどこにあるのでしょうか。私は、前者は「未来に向けて自己投資を行ってきた人」あるいは「将来価値のある経験機会に恵まれた人」であり、後者は「自己投資を怠ってきた人」「価値のある経験機会を得られなかった人」であると思っています。残念ながら後者は、転職市場で非常に厳しい状況にあるということが、益々鮮明になってきました。
アダム・スミスはその著書『国富論』のなかで、「固定資本」として
(1) 労働を容易にし、また短縮するすべての有用な機械や事業上の用具
(2) 利益のあがるすべての建築物
(3) 土地の改良、すなわち土地を開墾し、排水し、囲い込み、施肥を行って、耕作や栽培に最もふさわしい状態にするために、利益をめざして投じられたもの
(4) 社会の全住民または全成員が獲得した有用な能力
の4つを挙げました。18世紀当時、すでに「固定資本」として人間の「能力」に注目していた点は驚きです。
「Human Capital」という言葉自体、必ずしも確固たる定義がないのですが、「“人的資本”とは、今まさに利益を生み出している“人的資源”と異なり、今は会社や社会に利益をもたらしていないが、将来利益を生み出し拡大するタレントである」と、私は捉えています。
この考え方は、かつて2000年頃に外資系企業の経営陣やグローバル人事のトップらから学んだものです。アクシアムを創業した1993年からしばらくの期間、弊社の顧客はほぼすべてが外資系企業でした。1990年代の日本企業は、中途採用は行っていたものの外資系企業のようにキャリア採用を行ったり、トップマネジメントを外部から登用したりといったことは行っていませんでした。そのため顧客企業としては、一部のベンチャーを除いて日本の企業は含まれていなかったのです。
海外留学経験も外資系での勤務経験もない私は、外資が行っている「人的資源経営:Human Resource Management」を学ぶ必要が仕事上ありました。まずそれがわかっていなければ、外資系顧客企業の経営陣やHRのトップと議論が始められず、ましてや人材紹介などできなかったからでした。
彼らとは「ROE(Return On Equity/自己資本利益率)」を人材に置き換えれば「Return on Human Equity」と言えるし、人材投資へのリターンを計測するような指標があってもいいのかも知れない、といった議論を当時から行っていました。また実務として「Human Capital」という言葉に関わったのは、同じく2000年頃、在日米国商工会議所 (ACCJ)のヒューマンリソースマネージメント委員会で、副委員長を務めていたときです。多くの米系企業の方々と仕事をさせていただき、彼ら流の人事を学ぶ機会に恵まれました。
一方、日本企業では、1998年の長銀の破綻後、日本的経営を大きく変えなければという議論が起こっていました。資本流動が始まり、ベンチャーキャピタルやプライベートエクイティファンドが活躍し始め、インターネット革命が加速。それまでの日本的組織経営を「人的資源経営:Human Resource Management」にシフトすべきといった議論がやっと始まったところでした。米系を含む外資系企業のように人的資源管理を導入して終身雇用や年齢給を廃止し、リエンジニアリング、リストラクチャリングに着手しなければ生き残れないと気づいたのですが、当の外資ではさらにその先の課題に直面していました。リストラよりもグロースが注目されはじめていたのです。
利益を上げて企業価値を高めるには、財務諸表から分かる価値、例えばROE(自己資本利益率)やPBR(株価純資産倍率)を上げる必要があります。それには「人」に「投資」すべきという論調が出てきました。会社が必要とする経営資源、すなわちハードスキルを備えた人材ばかり採用していては、長期的には企業価値が下がるのでは、とグローバル経営者たちの直感が働きはじめたのです。また同時に、インターネットによって産業構造が変わり、新しい人的資本の獲得が必要であると認識されはじめました。人的資源管理のプロであるHRのトップたちは「人的資源管理を脱却し、人的資本管理に移行しよう」と口々に唱えはじめました。皮肉なことに、外資系企業の日本支社長やグローバルHRのトップたちは「日本の企業は自社の社員を海外MBAなどに派遣して人材に投資している。日本企業に学ぶべきだ。Human Resource ManagementではなくHuman Capital Managementに変化するべきだ」と主張したのです。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)が2000年に発行したレポートに「Human Capital」とういうタイトルでその重要性が述べられていたことを思い出します。もう20年も前のことです。当時の私は、外資的「人的資源経営:Human Resource Management」を目指す日本の企業と、日本的『人的資本経営:Human Capital Management』を目指す外資系企業という、相互に逆方向を向いているものの狭間にいたことになります。
そして今、20年以上の年月を経て、パンデミックや戦争、AIの台頭といった大変革の波が到来し、産業構造も大きく変化し、世の中が動き出す節目を迎える中、『人的資本経営:Human Capital Management』の重要性を、政府も日本の企業も、アカデミアも提唱するようになりました。
2020年9月に経済産業省から、一橋大学名誉教授である伊藤邦雄氏が中心となってまとめられた「人材版伊藤レポート(持続可能な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書)」が公表され、続いて2022年5月には「人材版伊藤レポート2.0(人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書)」が公表されました。さらに2023年夏季号の一橋ビジネスレビューには、「人的資本経営のパラダイム転換」というタイトルで、伊藤氏が特集論文を寄稿されています。
その中で伊藤氏は「企業の人材投資(OJTを除く)の国際比較(対GDP比)」のグラフ(1995年~2014年)を提示しているのですが、その内容はとても衝撃的なものでした。2010年から2014年の5年間をまとめた数値のみを抜粋しますが、以下のようになっています。
米国 2.08%
フランス 1.78%
ドイツ 1.2%
イタリア 1.09%
英国 1.06%
日本 0.10%
ちなみに米国は1995~1990年の5年間で1.94%から2.08%に上昇しています。それに比べ日本は、1995~1990年の5年間では0.41%であり、そこから0.10%に下降しているというのです。
PBR(株価純資産倍率)1倍割れを放置してきた日本企業、人材に投資しなくなった日本企業、同時に自己投資しなくなった社員……日本型雇用システム(メンバーシップ制)のメリットを享受しながらも、熱意あふれる社員が全体の6%(米国は32%)という深刻な現状も述べられています。また、単なるメンバーシップ型からの脱却としてJob型を都合よく導入することの危うさも鋭く指摘されていました。
伊藤氏は、伝統的な日本型雇用システム(メンバーシップ制)をモデル1.0、欧米のジョブ型をモデル2.0と定義し、日本企業が目指すべきは、モデル1.0の弱点を克服しつつモデル2.0を取り込んだ「モデル3.0」=これからの『人的資本経営:Human Capital Management』だと提唱します。その「モデル3.0」では、企業と個人の間に「選び選ばれる関係」を構築することが重要であると氏は主張します。同時に「従来型のジェネラリストが、専門性の異なる個人を結びつけ、新たな企画をコーディネートできるような『統合型プロデューサー』に変身するよう会社が促すことも大事」と述べています。伊藤氏の主張には大いに賛同します。ただ同時に、2000年の頃を思い出すと少しだけ心配な点も感じます。
私がかつて出会った「Human Capital」とは、伊藤氏が主張されているものと少し違う気がするからです。「選び選ばれる関係」という点は、当時すでに外資系企業の「人的資源経営:Human Resource Management」では実装されていて当たり前のことでした。また、本当にジェネラリストが「統合型プロデューサー」となって、創造的に、構想力豊かに未来デザインを描けるのか、あるいは事業の投資リスクをとれるのかと懐疑的になってしまいます。
ちなみに「選び選ばれる関係」という素晴らしい言葉は、ソニーの盛田昭夫・元副社長が『文藝春秋』の1961年12月号の中で主張されたものとして論文の中で紹介されています。盛田氏は60年以上前から「自律と緊張関係に立った会社と個人との関係の重要性」を持論としてお持ちだった、と伊藤氏は解説しています。
「これからの企業は個人の特性をこそ、評価する。個人の方も人間の値打ちはその能力にあるということを自覚しなければならない。そうなった暁には、『無難なサラリーマン』という日本的なイメージは、無意味なものになるだろう。(中略)健全な社会が始まるのである」
(盛田昭夫氏 「新・サラリーマンのすすめ―結婚と就職は一生に一度というのはもう古い」『文藝春秋』 1961年12月号より抜粋)
「選び選ばれる関係」とは、VUCA時代となった現在こそ、株主と経営者、経営者と社員、顧客と会社において緊張を持つ関係性の中で成り立つものになり、また益々重要になっているのではと実感します。
「転職できる人」と「転職できない人」の差は、「自己投資」と「企業からの成長機会という投資」の有無ではないかと冒頭に述べました。1990年代、日本企業は例年、海外MBA派遣を700名以上行っていたと記憶していますが、今は大幅に減少しています。この20年で、日本企業は人材に投資をしなくなったと痛感します。他方、私費留学をする人は当時の何十倍にもなりました。しかし、それでも海外MBA留学生は多く見積もって年間合計200~300名程度でしょう。この日本の社会にとって、まったく不足と言わざるを得ません。国内ビジネススクールやオンライン教育も増加してきましたので、それらを活用した人材投資・人材育成に期待したいところです。
もちろんMBA留学・就学だけが人的投資の選択肢でありません。プログラミングやAI、アートなどの創作的スキルが投資先となるという意見もあるでしょう。そのようなコンピテンスは個人のキャリアとしても社会にとっても、今後必要なものだと思われます。ただ長くMBA人材のキャリア構築をご支援してきた者として、やはりMBA人材に期待したいのは「雇用を生み出す経営能力」と「投資能力」です。その部分は、前述した創作的スキルや、今後新たに出てくる投資先(スキル)にもできないコンピテンスであると思います。
いずれにしても、「選び選ばれる関係」が今後の組織と個人の関係の大きな柱になると私も思います。ならばそれは、今後益々「選ばれない会社」や「選ばれない個人/選べない個人」が淘汰されていくことを意味します。これまではまじめにコツコツとキャリアを積んできた「無難なサラリーマン」でも転職し、それなりにキャリアアップができたかもしれませんが、これからは難しくなります。大企業経営も、ベンチャー経営も、中小企業経営も任されることはなくなります。自己投資を行わない人には、苦難の時代となります。
さらに言ってしまえば、転職経験者も二分され、「価値ある経験」をしているかが問われることになります。「価値ある経験」をしていれば次の転職ができますが、新しい挑戦をせず経験そのものが風化しているような人材は、いくら過去に実績があろうとも転職できない状態になっていくのではと感じています。転職の困難さを語るのに、単なる年齢や世代はその理由ではなくなってくるでしょう。
将来のキャリアを考えてこれを読んでくださっている方々には、ぜひ自己投資を怠ることなく、社会の大きな変化に目を向けておくことをお薦めします。また日本の企業には、人材投資について再考いただき、これからの『人的資本経営:Human Capital Management』を模索いただき、新しい挑戦や機会を社員にもたらすリスクテイクの姿勢を切にお願いしたいと思います。
関連情報
コンサルタント
渡邊 光章
株式会社アクシアム
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント
留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)