転職コラム転職市場の明日をよめ

アクシアム代表/エグゼクティブ・コンサルタントの渡邊光章が、日々感じる転職市場の潮流を独自の視点で分析しお伝えします。(※不定期更新)

2015年10月~12月 
2015.10.01

転職すべき時はいつか

求人市場は引き続き活況を呈しています。しかしながら、この9月から「世界を巻き込む危機の導火線になるのでは」と心配になるようなニュースがいくつか起きました。ざっと挙げるだけでも、中国のインフラ投資の減速、株価急落、人民元の切り下げ、ギリシャの経済問題、欧州の移民問題、米国のジャンク債(サブプライム)問題等々。このような状況のもと、日本・中国・欧州・米国などのトップが何度も会談を重ね、また様々な経済会議が行われているのは歓迎すべきことでしょう。
10月に入り、金融市場が乱高下するなか、イエレンFRB議長は利上げを先送りしました。利上げを実施すれば株価や通貨が暴落するという予測があったものの、市場はひとまず落ち着きを取り戻しているように思われます。90年代の通貨危機、2007年のサブプライム危機の再来などもささやかれており、日本そして世界中で、明らかな株価上昇の材料は見い出せません。わずかずつながら逓増している状況といえます。
2010年あたりから増加してきた求人数は、ここにきて株価と同様に逓増状態にあります。本コラムで何度もお伝えしてきたことですが、この売り手市場はいつまで続くのかわかりませんし、急な求人の減少が生じないとも限りません。市場はつねに緊張状態にあることをご承知おきください。
そんななか、企業投資を行うベンチャーキャピタルやバイアウトファンドなどが、順調に資金調達を完了しているのは本当に幸いです。一方、事業会社の経営においては、内部留保が過去最大であるものの、設備投資などを見送るケースが多く発生しています。先の金融ショックの経験からリスク回避を優先させているのでしょう。
採用においても、ベンチャー企業の積極性に比べ、大手企業の求人は鈍いように思います。同じポジションを長期に募集だけしているケースが見受けられ、あまり本気度が感じられません。あるいは採用意欲はあっても、ベンチャーや外資のようにマーケットプライスに合わせた報酬を候補者に提示することができず、「社内の適正価格で採用できれば儲けもの」といった感じで、かえって要求要件も報酬も妥協しない場合が多くなっています。
ベンチャーや外資においては、求人数が増加したマーケット状況に合わせて、採用効率や効果を高める工夫が講じられています。候補者の紹介を依頼するサーチ会社を厳選し、選ばれたサーチ会社に対してのみ情報を開示する、採用者への特別ボーナスの提示を行う、採用プロセスの短縮や効率化などの改定をするなど。彼らはこれまで以上にスピーディーに採用活動を進めようとしているのです。
年収についての傾向では、総じて外資(大手でもベンチャーでも)では以前より高いオファー提示が出る傾向にあり、日系ベンチャーでは高い会社と低い会社でかい離が生じています。一方、日系大手では低い傾向のままという状況です。例えば、日系製造業で活躍する30代後半で年収が950万円の方の場合。転職活動を行い、日系大手から1,000万円、外資大手から1,500万円、外資ベンチャーから2,000万円、日系ベンチャーから2,000万円のオファーを得たケースがありました。結果として、現在年収を大きく上回る転職を実現されたのですが、このような傾向は、求人が多い今だけの現象かといえば、そうとも言い切れません。根本的に人材の流動性が高くなった現在では、優秀な人に対する市場価値は“個”に対するものになりつつあります。いまや、フリンジ・ベネフィットやロイヤリティーといった、その会社に属することで得られる利益というものがなくなってしまっているのです。
年収や報酬を基準にしないで自分らしいキャリアを作るために、この売り手市場を利用し、上手に転職を果たす方が多数おられます。一方、前号のコラムで注意喚起させていただきましたが、願望ばかりを追いかけてないものねだりをしてしまい「もっと何かあるに違いない」と最終決断ができずに現職に留まるような人もいらっしゃいます。あるいは、目先の利益(年収が上がるだけで、キャリアのグランドデザインに欠けるもの)を得ることに走ってしまい、将来リストラされたら行き場に困るだろうなと心配になるような選択をされる方もいます。
上がったものはいつか下がる…市場は正弦曲線を描くもの。逓増状態にあるいまこそ、企業も個人もしっかりと独自の成長戦略や今後のグランドデザインを描くことが重要なのではないでしょうか。キャリアデザインにおいて最もリスクを高めてしまうのは、全体にながされ、合わせてしまうことです。「まわりも転職するから私も転職しよう」は、一番避けるべき態度である点、ご注意ください。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)