転職コラム転職市場の明日をよめ

アクシアム代表/エグゼクティブ・コンサルタントの渡邊光章が、日々感じる転職市場の潮流を独自の視点で分析しお伝えします。(※不定期更新)

2011年4月~6月 
2011.04.14

2011.3.11、以降のキャリアについてパラダイムシフト

2011年3月11日の大地震から1ヶ月が過ぎました。
その被害の甚大さは計りしれず、何より多くの尊い命が奪われたことに心が痛みます。約3万人の方が亡くなるか行方不明となられ、30万人を超える方々が今も被災地で苦しんでおられることに、心からのお悔やみとお見舞を申し上げます。

この悲しみや苦しみは、日本のみならず世界の人々にも分かち合う気持ちとして広がり、多くの義援金やメッセージ、善意の活動が被災地に集まって来ています。 ただ、早期復旧を妨げる問題が数々露呈しており、復旧、復興には時間がかかりそうです。 残念なことに、95年の阪神大震災の教訓やこれまで幾度も震災を乗り越え重ねてきた英知を持ってしても、今回の震災には立ち行かないところがあると言わざるを得ない状況です。

地震と津波による自然災害と、それによる原子力発電所の事故という二次的災害が複合的に起こってしまったことで、原発の安全運営を前提に作られていた日本人の生活や産業社会が根本から破壊されてしまったことが、過去の震災との大きな違いでしょう。福島原発の状況次第では、さらに人的被害や経済的ダメージが拡大する可能性すらあります。日本政府、そして日本国民一人ひとりの対応や行動が、将来の人類の生活、経済に影響を与えることになるだろうことは明らかで、これはとても傍観者として語ることができない、とても重たい事実です。

本稿、「転職市場の明日をよめ」というタイトルがとても馬鹿げたものに思えてしまうほど、私達は、明日が読めない状況に直面しています。 しかしながら、科学的には「絶対」という言葉は使えないとしても、得られる確定情報をもってなんらか判断する必要があること、確率が低くともそれを想定し判断しないといけないこと、そうしたことがより求められ始めているのは確かです。

現在の利益を優先し、確率が低い想定範囲外のことだとして議論を単純化して、それが起きた時のコストを考えたりその準備をすることを怠ったりしたことが、その代償として将来に大きく跳ね返ってきてしまうという事実。 このことを今回の原発問題の教訓として改めて肝に銘じておきたいと思います。

さらに今回の災害は、日本に住む国民全ての意識を覚醒させました。政治の仕組み、経済のあり方、教育の意味、そして日本の国に住む全ての人々の生命や財産の安全という極めて基本的な問いについて再考を迫っています。日本人は忍耐強いとか団結心があって大丈夫といういわゆる「日本人論」がこれから台頭してくるかもしれませんが、個人的には、それに対して少し違和感を覚えます。日本人による日本国を論じるだけでは、日本人の利益のみ優先するような誤った民族論に傾斜してゆくのではと憂慮します。

世界の人が今、日本に支援の手を差し伸べてくれて、日本人の良さを再評価してくれている中、日本人が内省的になることや民族的な思考に走ることはくれぐれも避けるべきことであると思います。日本にはすでに日本国籍以外の人も沢山住んでいるのです。新しい日本のグランドデザインを考えるのであれば、日本人論ではなく世界の枠組みの中で議論してゆくべきでしょう。

この震災は、先進国の中でも衰退著しい日本にとってその衰退をさらに加速させるものだという考え方もあるでしょうが、筆者はそうは思いません。むしろこの震災は、その復旧と復興を通じ20年近く再生できなかった日本が形を変え生まれ変わるきっかけとなり、歴史的転換点になるものと信じています。

生まれ変わった日本は、経済や産業の安定のみならず、日本の国民の生命と財産の安全が担保され、そして教育や文化を備えたすばらしい国となっていることでしょう。

ただ、筆者が本稿で論じるべきは復旧策や復興策ではなく、「雇用やキャリア」についてです。それを論じることが義務であり使命であると思います。「未曾有の国難にあって明日は読みきれない」では済まされないと考え、また自分ができることとして、「雇用やキャリア」について述べたいと思います。

特に大地震からの1ヶ月間の求人・求職の動きや変化を踏まえ、いくつか私見を述べさせていただきます。

(1)求人は失われていない

大地震直後の1週間は、ほとんどの企業においては採用活動そのものが中断されました。社員も自宅待機になるなどし、採用面談はキャンセルになり、順延されました。 社員の安否確認や、直接被害の確認と被害への対応が迅速に進められましたが、それがある程度落ち着いてくると、一部の企業は採用活動を再開し、震災前同様に積極的な動きをとり始めています。 あるいは、震災後に新たな会社から求人の要請を受けるケースも出てきています。

また、外国大使館が日本からの避難を指示したとか、外資系など東京の本社機能を大阪や海外に移転したなどの話がメディアでも出てきたりしていますが、そのようなケースはごく一部のようです。もう少し経過を見て行くことも必要かと思いますが、実際のところは、外資系企業も引き続き東京で積極採用を続けるというところが多いように思われます。

いくつか業界別にみてみましょう。

金融関連からの求人は、震災の影響は少なく、採用も継続しています。金融業の性質上、その業務を止めることができないため、求人も止まることなく維持となっています。ただし、リーマンの後の求人数激減という状態からは復帰しているわけではないので、絶対数は少ないままです。中長期的にみて日本市場が魅力的なものとなるかどうか、対日投資が活発になるかどうかは別の議論が必要になると思いますのでここでは控えます。

コンサルティング業界は、大地震前からかなり積極的な求人がなされていますが、地震後も今のところ変わることはないようです。戦略コンサルティングであってもITコンサルティングであっても、あるいはシンクタンクや技術コンサルティングであっても、コンサルティング業界全体として求人は増化してゆく傾向の方が高いと思います。

製造業は、残念ながら求人は中断したままになっており、当面は厳しいままとなるでしょう。 自動車、電気、部品メーカーなどの多くは東北地方の生産拠点が打撃を受けており、復興の前の復旧に集中されている感じがあります。 ただし、食品など生活必需品関連の消費財メーカー、土木建築業、ガス、水道、輸送などの生活インフラ関連産業は、復旧から復興にかけての重要な産業であるといえ、被災地からその周辺を中心に今後雇用を生み出すことになると思われます。

また、流通業界からの求人は全般的に力強いものがあります。

IT業界などは、今後求人が増加しそうです。 震災の影響もあり、あらゆる産業において本社機能の分散やそれに伴うシステムのクラウド化、停電対策が万全のデータセンターの活用などがますます進みそうであり、通信レイヤーからアプリケーション開発、システムインテグレーターまでIT業界で広く積極展開がみられそうであり、動きが出始めています。

また、農林業・水産業などにおいては、今後資本経済を持ち込んだ産業化が新たに進み、エコと経済のバランスをとりつつ中長期には雇用の大きな柱にもなると思われます。現状、アクシアムなどには残念ながら求人の受託がないものの、今後の変化を注視したいと思います。

ベンチャー企業全般においては、そもそも大企業が取り組みづらい社会の問題に取り組み、変革にチャレンジしている企業が多いこともあってか、この震災の影響はあまり受けず、引き続きそのチャレンジに必要な人材を確保すべく、求人を維持しているところが多いようです。 それどころか、震災によってよりいっそう重要性が高まり、受注が増えたり引き合いが増加したりしている企業も多数でてきています。燃料電池、風力発電、電気自動車、通信機器関連、医療サービスなどのベンチャーで、エンジニア、セールス、事業開発などの求人に積極的なところがあります。

(2)短期的な視点、中長期的な視点が不可欠

企業側と比べ、個人側についてはまた様相が異なります。 まず、震災によって大切なご家族を亡くされたり、親戚、知人・ご友人を亡くされたりしたという訃報に接するということが少なくありませんでした。また被災した家族や親戚の救援にむかう人も数多くおられました。本当に多くの人々の周辺で震災にあった方が見受けられます。最近では、「皆さまご無事でしたか」というご挨拶もはばかられるように感じます。

この様な状況下、事情は様々でしょうが、転職・就職活動を行っていた方はオファーをもらっている(もらった)企業にそうそうに入社を決めてしまう人が多数見受けられました。1週間以上企業の採用活動が中断されたことや、先行きが見えにくくなっていることの影響から、より良いオファーを得られるようにもう少し活動を続けようという方は少なく、とにかく今貰っているオファーの中で決めるという方がほとんどでした。

また、現職を持ちつつも緩やかに転職を考えていた人、転職を考え始めていた人にとっては、今回の震災は大きな影響を与えていると言えます。ここ1-2週間のご相談からは、キャリアのグランドデザインを考えなおす方も多いように見受けられます。

今、多くの方は震災や自然の猛威に対して悲しみを感じながらも、「たとえ月日がかかっても、新しい命のために一致団結して被災地の復旧・復興に取り組み、日本経済を立て直すのだ」と強く思い、またそれは絶対に可能であると一点の曇りもなく信じることが出来ると思います。

しかし、原発の問題についてはそう単純ではないでしょう。 地震大国日本にありながら起こってしまったこの不幸な事故には、設計や技術のおごり、津波対策への油断、政府や行政における非常事態への対処、隠蔽体質とそしられても仕方のない東電ならびに政府や行政の情報開示の仕方など、多くの問題が複雑に絡んでいます。

命がけで解決に尽力されている人々には本当に感謝と支援の気持ちで一杯ですが、福島の原発事故による放射能漏れの事実は、すでに日本のみならず世界中の人にとって不安の対象となってしまっています。 この先福島原発の事故が収束した後は、原子力発電の安全性への疑いが晴れるまで、あるいは原子力発電のリスクとリターンについて国民の納得がいくまで議論して行く必要があり、その上で、世界に対しても今後の日本のエネルギー政策や国としてのビジョンについて発信していく必要があるでしょう。

すでに多くの国民が最大の関心を払っているものではありますが、東京電力の責任と国の責任とが議論される中で、関連団体だけの責任論に終始させず、国民一人一人が自分のこととして50年、100年先のことを考え、議論し選択していくべきだと思います。

自分のこととして将来を真剣に考えるという点、そして中長期の視点で考えるべきである点、個々人のキャリアの選択やグランドデザインを考える場合も同じだと思います。前号で、「現実を直視し、受け入れ、学ぶこと、努力することの重要性について」ということを述べましたが、それはたとえ国難に際している時でも同じはずです。

自分の人生においては、想定外のことが起こったからといって責任を逃れることはできず、自分で責任をとるしかないのです。人生では想定外に悪いことも起こりえますし、逆に良いことも起こりえます。むしろ、確率的に低いことが起こるのが人生です。

地震に対して怒ることはできません。

皆さんがキャリアについて考えるということは、マグニチュード9の地震のような予期せぬことが起こるかもしれないと想像し、その上で皆さんのキャリアと人生について考えることだと思います。 それは、自分や家族の生命、財産のみならず、日本の経済や社会、未来の子供達のキャリアを考えることにもつながっているはずです。

一人一人が選ぶ時代、一人ひとりが考え、そして選択し行動することです。 短期的な判断や選択ではなく、ぜひ中長期の視点で判断と選択をしてください。 選択は決して多くはないと思います。一人ひとりの身の回りに起きていることから、しっかりと選べるはずだと信じています。

(3)勇気付けてくれる行為

今回のことでアクシアムも震災直後は混乱の中、在宅勤務を強いられました。しかし節電モードながらも、3月22日から通常業務を再開することができました。そんな中、感謝したいことがいくつかありました。

一つは積極求人を展開している企業からの求人の相談、依頼を受けたことでした。 求人というのは多くの人にとって、とても有り難いことなのだと改めて思いました。また、そのような企業の多くがいち早く、震災地への支援や義援金の提供を行動として起こしていたことにも感銘を受けました。

二つ目に、このような時期にもかかわらず、海外で活躍していたMBAの人達が帰国し、4月から東京で仕事を始める決心をされたことです。しかも何名もがそのような選択をしました。ニューヨークや、シンガポール、スペインなどさまざまです。原発や震災の問題がある中、心配や懸念を乗り越えた決断、決心です。 海外大学院留学から帰国して東京で新しくキャリアをスタートする人もいますが、一方で、冷静にかつ長期的視点で日本と自分のキャリアについて考え、今こそ帰国しようと決心された方もいます。もうしばらく海外にいようと思ったとしても不思議ではないのですが、その決断に大いに勇気付けられましたし、純粋にうれしく思いました。

三つ目に、いうまでもないことながら、実に多くの人々が支援活動や義援金の提供を行っている事実です。 皆さん、自分ができることをと考え行動されていることに何よりも勇気付けられます。このような個人や企業の行動が、理屈や言葉以上に人の心に感激を与え、次の人の行動を起こすことに繋がるのだと思います。

アクシアムでキャリア相談している人々や、起業家の友人や知人、顧客企業、いろいろな人が言葉だけでなく行動を起こしています。すぐに支援の行動をとる人もいれば、あるいはこの震災にもかかわらず、かねてから計画していた社会のための活動や長期的なプランを中止せず実行に移していく人もいます。その分別、行動が何よりも勇気を与えてくれました。そのことに改めて感謝したいと思います。

最後に、このような国難に際して、改めて国や企業にとってリーダーの存在とその決断力というものが極めて重要であり必要不可欠だと思いましたが、そのことについては、次号以降で述べたいと思います。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)