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転職コラムキャリアに効く一冊
キャリア開発に役立つ書籍を毎月ご紹介しています。
2018年10月
松下幸之助 ~きみならできる、必ずできる~
米倉誠一郎 (著)
本書の著者・米倉誠一郎氏は、松下幸之助という人を決して「経営の神様」だったのではなく、体中に矛盾を抱え込んだ、きわめて人間臭い人物だったととらえています。その生い立ちはもとより、世界恐慌、第二次世界大戦などの歴史のうねりに翻弄されながらも、一代で松下電器産業を世界的大企業に育てあげて今のパナソニックの礎を築き上げた彼は、自らの力と才覚で道を拓き、日本人ばかりか世界の人々の生活を驚くほど豊かにしたという意味で「希代のイノベーター」であったと評価しています。
本書は、松下幸之助自身の著書や、ハーバード・ビジネススクールの松下幸之助記念講座での研究からジョン P.コッター氏が発表した『幸之助論―「経営の神様」松下幸之助の物語』など、多数の参考資料を丹念に研究・検証して紡がれています。経営史を専門とする米倉氏らしいアプローチで、“人間・松下幸之助”のイノベーターとしての足跡をまとめ上げています。
本書そのものの内容からは外れますが、松下幸之助について、私には思い出があります。
私は大阪市の東成区という場所で、機械工具店のこせがれとして育ちました。幸之助が隣町の東成区玉津で事業を起こしたことは良く聞かされていましたし、周囲の中小零細企業の経営者たちの中に、幸之助を神格化する人がいる一方で、恨む経営者も多数いたことを子供心に感じていました。
後者は、下請けとして厳しい取引条件に泣かされたり、倒産したりといった状況だったのでしょう。私も親の仕事を小学校から手伝い、そのような状況を目にしていました。友人の中には松下(現パナソニック)に就職し、幸運にも定年退職まで勤めあげた人もでてきていますが、小さい頃の私には、松下は零細企業を泣かす大手企業という風にしか見えませんでした。(もちろん長じてからは、企業として自身の雇用を守るためにも、アウトソーサーとの関係を情に流されず合理的に見直すことは、時代の変化に対応するための的確な経営判断であったと理解していますが。)
そのような訳もあって、私はいわゆる“幸之助信奉者”ではありません。ですが、なぜ語りつくされた松下幸之助のことを、今、また米倉氏が取り上げなければならなかったのか。その理由を私なりに考察してみたとき、本書をこのコラム「キャリアに効く一冊」に挙げ、皆さんとともに今一度、松下幸之助について考えてみたいと思いました。以下がその考察のポイントです。
(1)今現在だけが、時代の大変化を迎えているのではない。幸之助が辿ったように、起業家、経営者、そして会社を支える社員は、いつの時代にあっても多かれ少なかれ人生の途中で大きな時代の変化に襲われる。キャリアのデザインや選択の結果を、運・不運、つまり時代の変化のせいにして片づけることはできない。
(2)4th Industrial Revolutionを迎え、世界に飛び出すようなベンチャー、起業家の登場を日本の社会全体が望んでいるように思える。しかしながらリアルテック好きの日本では、モノづくりばかりがベンチャーだと捉えられがちである(モノづくりベンチャーもちろん重要ですが)。だがイノベーションの本質とは、例えのモノづくりベンチャーであっても、幸之助が行ったようなプロセス・イノベーションではないか。
(3)世界に広がるユニコーンとなる経営者は、起業するだけではなく、人を信頼し、人に任せる。若手の登用を的確に進め、リーダーを育てる。起業後も、経営者として実践を通じて経営判断力を高め、また人から学び、人を育て、経営者としても自ら変革の連続を続けることが重要といえる。その意味で(晩年の反面教師的な側面も含めて)、まだ幸之助の足跡から得ることは多い。
前述のコッター氏の著作は、松下幸之助の恵まれない生い立ちから研究し、丁稚奉公時代、立志伝的に大企業を起こした時代について描くだけではなく、ケースとして学び取れる構成をとっています。一方、米倉氏の本書は、ビジネスモデルや戦略的な観点よりも、松下幸之助がとった経営戦略が、いかに時代の変化に適していたかという点に多く着目しています。また、その成功例を真似よというよりは、晩年に大企業としての課題を抱え込み、苦悩・苦闘する様にも多くのページを割き、これからの時代には逆説的に「失敗例からこそ学べ」と主張しているようにも思えました。
最後に、本書のあとがきには、こんな言葉が綴られています。
病弱だった幸之助氏は、「きみならできる、必ずできる」と多くの若者を鼓舞し、思いもよらない力を発揮させてきた。まさに、「人をたぶらかす名人」でもあった。いま筆を擱いてみると、筆者もその見えない力にたぶらかされ、「きみならできる」とおだてられた一人だったのかもしれない。
こう語る米倉氏ですが、幸之助が社員に伝えていたように、本書を通じて著者もまた読者に対して、激変する時代にあっても「きみならできる、必ずできる」と、序文から全編を通して勇気づけてくれているような読後感を覚えます。純粋に読み物としても大変面白い本書。ぜひ一読をお薦めします。
コンサルタント
渡邊 光章
株式会社アクシアム
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント
留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)