転職コラムキャリアに効く一冊
キャリア開発に役立つ書籍を毎月ご紹介しています。
2016年3月
経営学
小倉昌男(著)
今月ご紹介するのは、ヤマト運輸の元社長である小倉昌男氏が書かれた「経営学」。経営者が残した書はたくさんありますが、本書を絶賛・推薦する声は多く、すでに名著の域に達したベストセラーといえます。経営者にかぎらず、ホワイトカラーでもエンジニアでも、およそビジネスに関わる人たちが、時代の中でいかに変化に打ち勝っていくべきか、学び取れる一冊としてお勧めしたいと思います。
小倉氏の50年あまりの人生の軌跡が本書にはつぶさに描かれているのですが、氏のキャリアは先代の個人事業を継承することからスタートし、“宅急便”という新しいビジネスモデルを生み出し、創り上げていくことに注がれます。そのイノベーションを起こす思考の過程は、まさにベンチャー起業家。また、現在のヤマト運輸の形に育て上げていく過程では、資本政策に奔走し、大株主や大手顧客との過去の関係を作り直し、さらに国の規制の壁に立ち向かう真の経営者の姿が浮かび上がってきます。小倉氏が常に自問自答を繰り返し、悩み、そうして正しい経営判断を行ったからこそ、幾度もの危機を乗り越えられたことがよくわかります。「戦後日本の高度成長期に乗じて伸びたのがヤマト運輸だ」とお考えの人がもしおられるなら、それは大きな間違いであることが理解できるはずです。
経営者としての苦悩の日々を振り返った本書は、今後さらにICTが発達し、サプライチェーンや物流がグローバル化され、資本政策や財務管理が複雑になったとしても、色褪せることはないでしょう。周囲の反対、常識という古い抵抗概念、自らの迷い…さまざまな障壁がある中で、いかに正しい選択を行うのか。小倉氏は、論理的に考えることの重要性や倫理的経営の重要性を語り、その道を示唆しています。
「経営とは自分の頭で考えるもの」「経営とは学習しつづけるもの」と小倉氏。人生においてもキャリアにおいても、その言葉は珠玉です。
本書は、まるで映画を見ているかのごとく臨場感が溢れ、読み手は知らず知らず「次はどうしよう」と考えながら引き込まれていきます。それは当事者として書かれた氏の体験記だからこそ。読みだすと一気に最後まで読み進めてしまえますので、これから経営者やビジネスリーダーを目指す方、あるいは自分のキャリアの岐路に立っておられる方、困難なキャリアの選択を迫られている方には、特に一読をいただきたいと思います(岐路に立ってからというより、平坦な道を歩んでいる時にこそ読んでおいていただけるとベストなのですが)。
最後に、私が感銘を受けた3つの箇所をご紹介しておきます。読み手によって学びが異なるのも、本書の魅力かもしれません。読後、皆さんの中に何が残ったか、ぜひ伺いたいものです。
●「第二部 サービスは市場を創造する」より抜粋
個人宅配市場にダーゲットを絞る。私のこの案には、役員全員が反対した。だが、ヤマト運輸にはもう後がない。労働組合の代表の参加も仰いでチームを作り、利用者=家庭の主婦の立場で考え、商品化に取り組んだ。コストをかけても、質の高いサービスを提供すれば、利用者は必ず増える。「サービスが先、利益は後」を合言葉に、宅急便事業が発進した。成功の大きなカギを握っていたのが、第一線のドライバーたちである。荷物を運んで荷主に直接届ける彼らが、サッカーのフォワードのように現場の中心選手として働けるかどうか。旧来のピラミッド型組織を崩し、社員全員で情報を共有してやる気を引き出す「全員経営」を目指した。同時に、宅急便の全国ネットワーク構築や情報システムの整備、集配車両の開発などを通し、徹底した業態化を推し進めた。温度管理を取り入れたクール宅急便、スキー、ゴルフ宅急便などサービス内容も拡大し、宅急便は飛躍的な伸びを見せた。
●「第15章 経営リーダー10の条件」より抜粋
私は、経営者には「論理的思考」と「高い倫理観」が不可欠だと考えている。経営は論理の積み重ねである。したがって、論理的思考ができない人に、経営者となる資格はない。また、経営者は自立の精神を持たねばならない。(中略)併せて経営者には高い倫理観を持ってほしい。社員は経営者を常に見ている。トップが自らの態度で示してこそ企業全体の倫理観も高まると、私は信じている。
●「あとがき」より抜粋
私は、約四十二年間ヤマト運輸の経営に携わってきた。今から思うと、古い時代であり、いわばアナログ式の経営だったと思う。でも、どのような時代であっても、経営者に必要なことは倫理観であり、利用者に対する使命感であると確信している。その意味で、経営者として恥ずべきことをやらずにきたことは幸いであった。