転職コラムキャリアに効く一冊

キャリア開発に役立つ書籍を毎月ご紹介しています。

2015年12月

ひるまないリーダー ハーバード流マネジメント講座(Harvard Business School Press)
ジョセフ・L・バダラッコ(著),山内あゆ子(訳)

今月ご紹介するのは、タイトルに惹かれて思わず読んだ一冊です。帯の表には“ハーバード・ビジネススクール流「ベテランリーダーの指南書」”、“カリスマはもういらない「適応型リーダー」の登場”とあり、裏には“強靭でしなやかなリーダーになるための5つの質問”と書かれています。

その5つの質問とは、以下のようなものです。

「現状を取り巻く環境を十分に把握しているか」
「真の責任とは何か」
「いかにして重大な決断をくだすのか」
「核となる正しい価値観をもっているか」
「なぜこの人生を選んだか」

これらはハーバード・ビジネススクールの教授である筆者が、長年リーダーシップについて研究する中で練り上げたものであり、本書の中で「責任あるリーダーシップとは、こうした質問に対する思慮に富む生きた答えで成り立つもの」と定義されています。経営者に求められるリーダーシップが、産業構造の変化、あるいは経済破綻が何度も起きるような不確実な時代の到来により、大きく変化しているというのが筆者のおもな主張なのですが、各章では前述の質問がひとつずつ取り上げられ、解説されていきます。なぜそれがリーダーシップの基本であるのか、20世紀中の答えはどんなものだったか、なぜそのようなアプローチがもはや適切でないのか、新たな答えとは、など。現代に即したリーダーシップとは何なのか? 非常に難しい問題について筆者なりの解を示しつつ、苦悩しながらもやり抜くリーダー像に迫っています。
その中で特に印象に残ったのは、第三章「自分の真の責任とは何か」です。起業後、大きく会社を成長させた経営者に求められるリーダーシップは、古典的には垂直統合型の経営でした。安定成長が比較的容易で、強固で効率のいいヒエラルキーが存在する大組織では、リーダーは単に「上司や規制制度という垂直型ヒエラルキーによって定義されたルールや要求の枠組みにおける自分の責任とは何か」を問うだけでよかったのです。ところが最近は、変化の激しい、ファンダメンタルズそのものが根底から変わってしまう社会の中で、水平型、市場主導型の組織をリードしなくてはならなくなりました。つまり「自分は何を約束したか、われわれは組織として、周囲の市場や社会にいる個人やグループに対して、何を約束したか」まで問われる困難な事態が起きているのです。では、事業を成功させ会社を大きく成長させられるほど優秀な彼らが、なぜそんなに苦しい役割をあえて引き受け、リーダーとなるのか? その答えはぜひ本書を読んでいただきたいのですが、その論旨の中で筆者は、起業家をきちんと経営者としてとらえています。単純に“パッション”や“起業家精神”などという概念で、その理由を片づけてはいません。その点が非常に新鮮で、本書の価値のひとつだと思いました。
それから、私が心惹かれた記載が2ヵ所あります。とても現実的な起業家の責任、リーダーシップを示しているのでご紹介します。
まず、水平型説明責任はリーダーに厳しい要求を突きつける。一度コミットメントを決めたら、厳しい監視の下で、明確で水準の高い実績を上げなければならない。投資家、顧客、批判的な従業員、テクノロジーパートナー、コミュニティやその他の第三者は「なんて素晴らしいアイデアだ。われわれの時間とリソースと支援を使ってどうぞお好きにやってください。連絡を待っています」などと言いはしない。それどころか、たいていの場合は中間目標を作り、リーダーがどのくらいそれを達成しているかを注意深く監視する。
今日の責任あるリーダーにとって、説明責任はルールブックに書かれた義務ではないし、弁護士の訴訟準備メモでもなければ規定文書でもない。市場は当てにならず、操作することも可能なので、リーダーは市場での実績と、自分の責任を果たすことを単純に同一視することはできない。説明責任とは、ほとんどは、リーダーが自分のために作る基準なのだ。それを定義し、作り出し、また作り直すに当たって、リーダーは大きな役割を演じなければならない。その結果、責任あるリーダーにとっての基本的な質問は「われわれが従わなければいけない説明責任のシステムを越えて、自分の組織にとっていちばん価値ある、エキサイティングなチャンスを作り出せるような力強い相互関与をするためには、どんな公約をすればいいだろう?」というものだ。
成功へ導く責任あるリーダーシップとは、コミットメントであり、苦労することというのが本書の一番の主張です。自信や楽観主義、希望、創造性という観点だけでは起業はできても、起業後の成長を手にし、リスクを乗り越えていくことはできません。責任とは恐ろしいほどの努力と苦労を重ねる覚悟である、と筆者は説いています。だからこそ、あえて起業を選んだ責任、辞めることができたとしても辞めない理由、正当性を持ち合わせていなければ、真の成功はありえないのです。
今から起業しようとする若者が本書を読めば、起業後の大変さを想像するだけで躊躇してしまうでしょう。その意味では、本書をぜひ読むべきは、ベンチャー企業を創業したが、まだまだもがいている起業家、あるいは事業継承者や中小企業経営者、大企業経営者たちなのかもしれません。原題である『The Good Struggle』は直訳すると「良き闘争」ですが、そこに込められた意味は非常に深いと感じました。邦書のタイトル『ひるまないリーダー』は意訳ですが、こちらも本書にふさわしい素晴らしい言葉だと思います。
ただ、訳者や出版社の意図があるのでしょうが、帯で触れられていた「カリスマはもういらない」という点についての記述や「ベテランリーダーの指南書」と思える内容はとりたててなく、少々残念に思いました。また本書では、リーダーの倫理観についての記載がやや浅く違和感が残りました。経営と倫理について、もっとページを割いて語ってほしかったと個人的には思いました。

ひるまないリーダー ハーバード流マネジメント講座(Harvard Business School Press) 出版社:翔泳社
著者:ジョセフ・L・バダラッコ(著),山内あゆ子(訳)