転職コラムキャリアに効く一冊

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2015年8月

2枚目の名刺 未来を変える働き方
米倉誠一郎(著)

日本のイノベーション研究の第一人者であり、一橋大学イノベーション研究センター教授や日本元気塾の塾長(六本木アカデミーヒルズ)を務めておられる米倉氏。最近は、国立や六本木から遠く離れ、日本の地方どころかアフリカやバングラデシュなどの国々にまで飛び出しておられるとのこと。フィールドワークどころの話ではないその行動力には、まったく脱帽させられます。彼を尊敬する若者たちは国内外に大勢おり、その思想は確実に現代の若者に伝搬する強さを持っています。還暦をすぎ、いったいどこに向かおうとしておられるのか…そんな米倉氏の“いま”の考えを知っておきたいと思い、さっそく本書を購読してみました。

本書「未来を変える働き方」は、前作「創発的破壊」(2011年出版)の中で主張された「カリスマ的リーダーはもういらない。個々人の小さな行動=創発的行動の総和で世界を変えていこう」というメッセージのアンサーブックになっています。その方法論こそが「2枚目の名刺を持つこと」だと著者は主張します。これだけ豊かになった日本で、若者たちは自ら人生の選択を放棄し、疑問を持ちながらも画一的な価値観を受け入れ、それに従った学校選びや会社選びをしています。この現状をいつか誰かが変えてくれるだろうと思う一方、いや誰にも変えられないと無力感に浸りながら生きがいを感じられずにいます。そんなときこそ、“2枚目の名刺を持つこと”で自分の人生に自分自身の新しいチョイスを加えよう、というのが本書の主題。真に豊かな社会とは、選択の自由と選択肢の多さがある社会であり、そこで行動を起こすことで自らと世界に変化を起こしていける、と著者はいうのです。

本書を読んで「人生の選択は、じつはそんなに難しいものではないかも」と力が抜けるような感覚を味わう方が多いかもしれません。「会社勤めをしていたとしても、2枚目の名刺をまずは作ってしまおう!」と著者は朗らかに、力強く勧めてきます。その自信の裏には“2枚目の名刺の実践者たち”の素晴らしい活躍、実績があるのでしょう。例えば、森ビル創業者の故・森泰吉郎氏、日本元気塾の盟友である故・藤巻幸大氏、ロボットスーツ「HAL」を開発した山海嘉之氏、医療ボランティア派遣のNPO法人ジャパンハートの吉岡秀人氏、ホームレス・ワールドカップ日本代表監督の蛭間芳樹氏、HAPPY DAY PROJECT代表の南部亜紀子氏など。まだまだ多数の実践者が、本書では取り上げられています。それぞれの逸話を読まれると、2枚目の名刺の実践方法が理解できるとともに、大いに勇気づけられます。読後に「私も何かやってみよう」と思われた方がいたなら…著者にとっては、きっと望外の喜びでしょう。

実践者たちの実例が述べられた後、第5章では「2枚目の名刺」を使いこなす10の方法が紹介されています。非常にわかりやすく、簡潔にまとめられていますので、一歩を踏み出してみようと思われた際にはとても参考になると思います。

  1. まずは「2枚目の名刺」を持ってみる
  2. 月並みだが大事なのは「志」
  3. 「スキル」とプロフェッショナリズム
  4. 時々「チェンジ・オブ・ペース」
  5. 1枚目の名刺でポジションを築く
  6. 2枚目の名刺は社内でもつくれる
  7. 2枚目の名刺の中心は時間のマネジメント
  8. ソーシャルメディアを有効活用する
  9. 「2枚目の名刺」はいくつからでも遅くない!
  10. 清く貧しい活動が正しいわけではない

米倉氏の今回の上梓を知ったとき「これはどこかで聞いたタイトルだ」と思っていたら、2013年に柳内啓司さんが『人生が変わる2枚目の名刺:パラレルキャリアという生き方』という本を出版されていました。氏も気づいておられたようで「お互いエキサイティングな働き方を日本に広めたいという思いが共通であり、書名をその思いと共に引き継いで今回の出版に至った」とあとがきに記しておられます。

個人的にはこの2冊は、経済学者ピーター・F・ドラッカー教授の1999年の著書『明日を支配するもの~21世紀のマネジメント革命』(Management challenges for the 21st century.)に源流を求めることができると考えています。ドラッカー教授の主張は「時間は最も希少な資源。時間をマネジメントできなければ何もマネジメントできない」「時間のマネジメントが小さなチャレンジを生み、あなたの人生を変えるかもしれない」というもの。「個人はひとつの組織に依存して同じ仕事を続けるだけでなく、それとは別の“第二のキャリア”にも時間や労力の一部を費やすことで新しい世界を切り開くべきだ」「社会活動などに参加し、本業と第二のキャリアを両立させる生き方を“パラレルキャリア”という。いまこそ“働き方”を変えてみよう」とメッセージされていたと記憶しています。

ドラッカー教授の名著の出版から16年。ついに日本でも、パラレルキャリアをわかりやすく提唱する良書が記され、その実践者がこんなにたくさん出てきたことは、喜ばしいかぎりです。しかも、自分のキャリアの防衛策としてのパラレルキャリアではなく、もっと社会に価値を提供したいというポジティブな動機から発するものとして。読了後、キャリア開発に携わる者としてそんな感慨も抱きました。

2枚目の名刺 未来を変える働き方 出版社:講談社
著者:米倉誠一郎(著)