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2014年12月

Zero to One ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか
ピーター・ティール(著), ブレイク・マスターズ(著), 瀧本 哲史(序文), 関 美和(翻訳)

既に多くの人々がピーター・ティールの講義から書き起こした本書を読み終えていることだと思います。ペイパル創業者でもあり、ペイパルマフィアと呼ばれる起業家から次世代起業家への投資を行っている彼や彼の仲間はあまりにも有名です。

私はかねがね、「日本で最も見つけるのが難しいのが、ゼロから1を生み出す企業家と、100から50を捨て去り100を足せる企業家であり、日本で一番簡単にみつけられるのが1をn倍にする企業家だ」と言ってきました。ですから、本書が発刊された時には、「我が意を得たり」といったワクワクした気持ちで本書を読み始めたものです。本書を読み終えて、さらにその意を強めました。やはり日本に足らないものは、ゼロから1を生み出せる人材なのです。

きっと私と同様に思っている人は多数いることでしょう。本書を読んだ方なら、「日本では企業家が少ない」と漠然と信じられている事すら「真実ではない」と考えるかも知れません。「多くの人が賛同するようなことに未来の真実は存在しない」と言うのが、ピーターの主張だからです。アメリカの未来と、日本の未来を同列では論じてはいけないのかもしれませんが、産業の歴史と未来をリバタリアンの立場で考えれば、アメリカでも日本でも、過去の常識を覆すようなテクノロジーやビジネスは、ベストプラクティスからは生まれないのだと云うことを繰り返し本書は述べています。

本書の中身についてはここでは解説はしませんが、第1章と第8章、そして最も興味深かった「終わり」の章をご紹介しておきます。

まず、第1章でピーターが採用面接で必ず訊く質問が紹介されていますが、これは非常に面白い質問です。

「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」

これは簡単に思えて極めて難しい質問です。今と違う未来やコペルニクス的に常識を覆すようなものだからです。本書はスタートアップ賞賛の書でもあり、大企業から新しいものは開発しづらいと主張しています。また同時に、対局にあるアーティストや孤独な天才も一つの産業を丸ごと創造するようなことは難しいと述べています。日本ではきっと異論のある人も多いことでしょう。

本書はベンチャー賞賛の書ですが、日本では起業を目指す人やベンチャーを研究する人だけではなく、ビジネスを実践する大企業の経営者や社員の方にこそ読んでいただければと思います。なぜなら本書は日本の大会社における官僚的組織についての批判の書ではなく、ゼロから1を生み出すための考え方についての書だからです。きっと、日本の大企業内の人でも、多くの気づきがあると思われます。従来の考え方を疑うこと、隠された真実を見つけ出すことができれば、日本企業においてもゼロから1を生み出せるはずだと思います。日本にはアメリカにはないチームワークが存在するし、日本にも個性や独創性は存在しているからです。それができれば、スタートアップにも大企業内でもゼロから1を生み出せるはずです。

ただ、もっとも本書を役立てることができるのは、ゼロトゥワン、即ち創業を考えているアントレプレナーです。ピーターは、スタートアップの初期創業メンバーのチームワークが最重要だと説いています。将来の成否もその創業メンバーとしての経営人チーム次第で妥協すべきでないとまで言い切っている点は注目すべき点です。コンサルや顧問にも否定的で、フルコミットメントが重要だと断言しています。その他にも本書には成功する企業家、スタートアップのチェックポイントが数多く述べられています。これから世界中の企業家達の教科書、バイブルに成り得るかもしれません。

第8章「ティールの法則」などもベンチャー企業への投資判断についてのポイントを述べていますが、これはスタートアップやベンチャー企業への就職を考えている人の参考になります。組織内の不一致については、組織人事を見てきた私達のような人間にとってもとても当然の事のように思える説明が丁寧になされています。組織内の3つの不一致について詳細に実践的な投資経験や起業経験から来た原則です。1.所有:株主はだれか?2.経営:実際に日々会社を動かしているのは誰か?3.統治:企業を正式に統治するのは誰か?非常に面白い内容で的確です。また、スタートアップのCEOの報酬は15万ドルを超えてはいけないとも言っています。日本ではVCが投資したスタートアップのCEOでそんなにもらっている人はいないと思いますが、アメリカでは意外に多いのかもしれないと思えました。

「おわりに」の章にこそ、ピーターの主張が隠されているように思えます。オックスフォード大学教授のニック・ボストロムが2002年に発表した「Existential Risks」からの引用で、人類の未来の4つのシナリオについて述べています。1.古代から信じてこられたように、「繰り返される(繁栄)と衰退」。2.近代になって、世界は裕福な国の生活水準に全世界が追いつき、その後は横ばいとなる「プラトー」。3.現代社会のように地勢的につながり、近代兵器が途方もない破壊力をもってからは、生き残れないほどの惨事が起こる「絶滅」。4.一番予想外のシナリオとして、素晴らしい未来に向かって加速しながら飛び立つという「テイクオフ」。

ピーターは、資源の取り合いとなる競争状況にあって、競争圧力を和らげるテクノロジーがなければ停滞=スタフグレーションから衝突に発展し、絶滅のシナリオが生じると警告しています。ピーターは、第四のシナリオ、人類の知性の特異点、「シンギュラリティー:Singularity」と呼ばれる現在の理解を超えるほど新しいテクノロジーがもたらす特異点が身近に来ていることを受け入れるべきである、国も企業も人生も取り返しのつかない一度だけのものである。絶滅か進歩かどちらかを私達は選んでいる最中にあると主張しています。

以下、本書の中で、興味深かった点をさらにご紹介しておきます。

まず、第4章は「イデオロギーとしての競争」では、競争やクライゼヴイッツや孫子を好きなMBAが陥りがちな誤りについて指摘がされています。MBAやロースクール出身者には少々挑発気味な文脈もあります。

第5章の「終盤を制する者」では、一般に信じられているファーストムーバーアドバンテッジ、先手必勝が定石といわれているが、ラストムーバーが利益を得るという出すこともあり、ニッチを見つけて、大胆に長期利益の拡大のみに集中し、ゲームの終盤を制して勝つことが大事だという主張です。

第6章「人生は宝くじではない」にも面白い指摘がなされていました。シリアルアントレプレナー/連続企業家と呼ばれる何度も数百億ドルの成功を収めた、スティーブ・ジョブズ、ジャック・ドーシー、イーロン・マスクなどを挙げ、「成功は偶然ではない」と述べています。ウォーレン・バフェット、ジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツが、「たまたま運よく成功した」と言っているが、彼らの謙虚さは戦略的なものだが、それを客観的に証明することはまだできないと述べています。ピーターが、クリーンテックなど社会貢献をビジネスの目的にあげながら衰退していった社会企業家達がもつある種の幻想に対して、懐疑的であることも垣間見えます。

最後に、私が全編を通して感じたのは、「本書はシュンペーターの理論を現代版、実践版に書き直したかったのではないだろうか」というものです。ゼロから1を生み出すにあたり、世の中を大きく変えるテクノロジーやビジネスについて述べているにもかかわらず、イノベーションやクリエイティビティという単語が出てきませせん(読み漏らしているだけかもしれませんが)。この分野の巨人、シュンペーターが主張したイノベーションというような概念、「新結合」と呼ばれた5つの類型がベースになっているようにも思えましたが、もしかしたら、ピーターは意図的にイノベーションという単語を隠したようにも感じられました。原書で読めばまた違った感触をもったかもしれません。もしそうだとしたら、彼は、敢えて学問から距離をおいて実践的にまとめたかったのかもしれません。シュンペーターは、「企業家アントレプレナーとは、一定のルーチンをこなすだけの経営管理者(土地や労働を結合する)ではなく、生産要素を全く新たな組み合わせで結合し(新結合)、新たなビジネスを創造する者」としています。これは、本書の主張と極めて近いものですが、ピーターが本書で私達に明らかにしてくれているのは、リアルに利益を上げた実践者だけが明かすことができる、数々の実体験にもとづく圧倒的な説得力に他なりません。

Zero to One ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか 出版社:NHK出版
著者:ピーター・ティール(著), ブレイク・マスターズ(著), 瀧本 哲史(序文), 関 美和(翻訳)