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転職コラムキャリアに効く一冊
キャリア開発に役立つ書籍を毎月ご紹介しています。
2014年7月
言われた仕事はやるな!
石黒 不二代 (著)
ネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEOの石黒不二代氏の初の自叙伝ともいえる本書が出版されたのは2008年5月、リーマンショックの約半年前である。マザーズに上場した直後に上梓され、小職もすぐに購読したが、その時の印象は石黒氏ほど時代を先駆けている人はいないということだった。その年の9月にリーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界経済が揺れ動き、巨大企業でさえ疲弊していく中、石黒氏が率いるネットイヤーは上場後も成長し続けた。偶然なのか、必然なのか。先読みの力なのか、戦略的判断力なのか。運が良いのか。その成功の秘密が何なのか知りたいと思った。不確実な時代、次世代のロールモデルが成り立たない時代にあって、今回あらためて、氏の考え方に学ぶものは多いと思った。
石黒氏が名古屋大学を卒業した時分というのは、男女雇用均等法が施行される前で、女性には正社員雇用の扉が閉ざされていた時代だった。そのような中、石黒氏は地元企業、ブラザー工業に入社した。6年勤めた後、MBAホルダーにしか門が開いていないといわれる外資系投資銀行に秘書として転職し、その3か月後にスワロフスキーに活路を見出した。そして結婚、離婚を経験し、34歳シングルマザーで意を決して海外MBA留学を志した。念願のスタンフォード大学ビジネススクール(以下、スタンフォード大学)に合格し、幼い息子を連れて私費で留学をした。
石黒氏を“四大卒女子”や“キャリア志向の女性”という形容詞で単純に比喩することはできない。石黒氏は、経営のプロが少ないといわれる日本で、更に希少な女性経営者の一人だ。なぜ彼女は起業したのか。経営するのか。日本の働く人々の多くが、キャリアを考える時、大企業に就社することやサラリーマンであることを前提に考えたり、働く者である前に女性であることを前提に考えたりしてしまう傾向にある。起業や経営のプロとしてのキャリア、そして女性を働く社会からシャットアウトしているのは、規制や慣習という壁ではなく、人の心の中にある壁であって、人々が、そのような目に見えない法律でもない障壁を打ち破ろうとしていないだけであることが本書を読むとよくわかる。
愛知県一宮市で繊維の輸出用製函業を営んでいた、石黒氏のお父様の言葉だ。また、彼は、賃金をもらう立場のサラリーマンと支払う側の経営者についてこう言っている。
経営のほうがコントロール権が大きい。たくさん使いたければ稼ぎ方を考えろ。
石黒氏は起業を決断した時、この父の教えを参考にした。
石黒氏が、真面目で責任感が人一倍強いゆえに、小学校1年生の時に自律神経失調症になったことについても述べられており、彼女が幼い頃から自分で決めたことへの責任や挑戦することの重要性を理解し、失敗から学び、成長してきたことが読んで取れる。石黒氏は、1992年から1994年にStanford GSBに留学した。バブル崩壊時に日本を離れ、インターネットの幕開けの時に米国で卒業した訳だが、その後、インターネット・バブルと米国バブルの2つのバブルとそれらの崩壊を経験している。今や、企業経営者というだけではなく、政府機関の各種委員会のメンバーとしても活躍する石黒氏だが、苦労や失敗の経験が彼女を次の挑戦に駆り立て、そこからの学びが成功の確率を高め、なによりも、彼女の人間としての成熟度を高めているのだと理解できる。
本書には、石黒氏がキャリア構築の途中で、どのような選択や決断をどのように行ってきたかが克明に記述されており、転職や将来のキャリアを考える上で参考になるだけでなく、どのようなスタンスで日々の仕事に取り組むかなど、彼女ならではの助言がされているので、特に若い人に、ぜひとも読んで参考にしていただきたい。ここで、石黒氏の実践的なキャリアのたな卸し法をご紹介する。シンプルながら、他に例を見ないもので、興味深い。どんな人でも使うことができ、大変役に立つものと思う。
まず、石黒氏は本書の冒頭でこう綴っている。
36歳の夏、私は大いに悩んでいた。・・・ビジネススクールを卒業し、アメリカのシリコンバレーという地にいた。・・・私の右手には、苦労して手に入れた成長著しいアメリカのソフトウェア会社のマネジャー職のオファーがあった。そして、左手には起業。
私には4歳になる息子がいた。離婚したばかりでシングルマザーの暮らしが始まっていた。・・・ソフトウェア会社の給与のオファーは、新しいスタートに十分すぎるものだった。起業した場合の給与はその半分。
私は、直観的な判断力に自信を持っていた。・・・しかし、同時に、私は、私の判断が2割ほどの確率で間違えていることを経験則から知っていた。そして、大事な判断の時こそ、時間をかける。自分自身を普段の仕事から解放し、じっくりクリエイティブな頭を使える時間と空間を設ける。私は、2日間、・・・自分を振り返る時間を持った。自分のたな卸しである。
- 自分は何がしたいのか?
- 何がしたかったのか?
- 自分の達成したものは何だったのか?
- 失敗はしたか?
- 成功はしたか?
- その時、私はどう感じたのか?
- 人は私に何を期待しているのだろう?
- 自分を最大化する価値とは何だろう?
- 自分にとって一番大切なものは?
- そのために、何を手放して、何を得るのだろう?
小職の話で恐縮だが、1994年秋に仕事でスタンフォード大学のキャリアセンターを訪問した際、いみじくもディレクターは学生らに対し「Listen to Your Heart」(自身の心に耳を傾けなさい)と助言していた。やはりSelf-Awareness(自己認識)を高めること、自分自身を見つけ出す作業は、人生の重要な意思決定に欠かせない。石黒氏のキャリアのたな卸し法にはスタンフォード大学の教えが生きている。
たな卸しで心得ておくべきいくつかのポイントは、好きなことを仕事にするということ、それに挑戦していくこと、そして、失敗することは良いことだから、失敗を恐れないということ、そこから学びを得ること。
よく「私にはこんな実績があります。成功しました。」と簡単に言う人がいるが、言われたことをやっただけ、あるいは誰かがやったことを繰り返してやっているだけということが多い。誰もやったがないこと、自分が本当にやりたいことに挑戦をして、成果を出し、前例を作った、成功したということではない。誰もやったがないことに挑戦をすれば、失敗するのは当然といっても良いくらいなのだから、失敗は当たり前のことと思って、恐れずに、自分がやりたいこと、好きなことにチャレンジしたらいい。失敗したら、そこから学べば良い、ということだ。これがスタンフォード大学の考え方である。スタンフォード大学は、まさに優秀なスタートアップ企業そのもので、失敗を提唱している。石黒氏がスタンフォード大学を選び、出願したことは、スタンフォード大学が、失敗から学び、前例がなくても挑戦してきた実績があり、さらに次に向かって挑戦する石黒氏を選んだともいえる。
石黒氏は、好きなことだけをやれとか、ルールを守らないで勝手なことをして失敗してもいいとか言っている訳ではない。好きな仕事に就いたのであれば、まずはその会社や仕事のルールを守ること、ルールの中で120%の成果を出すこと、言われた仕事だけで終わらず自分で役割を作っていくこと、結果と自分が決めた目標にコミットすることなどがとても大切だとしている。そして、挑戦する者が、失敗に至るプロセスを逆行し、思考し反省して、学び、それを会社として共有できるか、活かせるか、そこに組織の成長が隠されているというのが本書の主眼だ。
エピローグで再度息子さんについて語っているが、ここでのメッセージは息子さんに対してだけでなく、働くすべての人に向けられたものだ。
「言われた仕事」というのは、会社や組織が与える仕事という意味に留まらない。自分が置かれた環境、生活すべてが「言われた仕事」つまり、与えられた仕事である。もっと大きな世界に出ると、「言われた仕事」が変化してくることがわかる。既成概念にとらわれず、自分の置かれた環境にとらわれず、自分自身の本当に求める仕事を探してほしい。
それが見つかれば、きっとハッピーに仕事ができる。 周りにもハッピーを与えることができる。
最後に僭越ながら、努力なくして「自分がやりたいことをやらせてもらえない」と会社や社会を逆恨みするようなことがあってはならない、と私は思う。真意を汲み取らずに、本書のコメントを表面的に捉え、自身の勝手なキャリアプランを正当化するための理論武装に使うことはしないでほしい。