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2014年5月

社長になる人に知っておいてほしいこと
松下 幸之助 (述), PHP総合研究所 (編)

松下幸之助は、パナソニック(旧松下電器産業)を一代で築き上げた起業家であり、海外でも評価されている、日本が誇る経営者です。彼の人生や体験談を綴った本や名言集が沢山出ていますので、よくご存知と思いますが、本書は、「松下幸之助発言集〈全45巻〉」に収録されたものの中から、現代の経営リーダーの方々の参考に資すると思われる内容を厳選し編集したもので、経営の書としてだけでなく、人生の指針を示す書としておすすめしたい本です。

少し個人的な話になりますが、私は大阪市東成区大今里で育ち、小学生の頃から松下幸之助を身近に感じてきました。同じ東成区の鶴橋で会社を興した不世出のアントレプレナーを意識しないではいられなかったと言ったほうが良いかもしれません。私が育った昭和30~40年代には、松下電器はすでに大きな会社となっていましたが、私の実家が営んでいた機械工具屋は、東成、東大阪のいわゆる零細企業でした。周囲に町工場が多く、それらはみな機械工具屋のお客様であって、その中には松下電器の下請け会社も数多くありました。零細企業の経営者や工場長の中には、松下幸之助のことを尊敬する人もあれば、批判する人もありました。私は幼いながら、所謂、成功者の有名税のようなものがあるということをその当時から理解していたように思います。

東成の小学校を中退して、丁稚から人生を始めた松下幸之助を、私は偉大な起業家だと思います。本書にも、不況や大きな危機に打ち勝った時の松下幸之助の涙のエピソードが沢山掲載されており、私の心を捉えます。しかし、私は小さな頃から彼への批判も耳にして育った分、一方的に立派な経営者だと思えないところもあります。松下電器の成功の裏で、松下電器の要望や時代の風潮に合わせることができなくなり、苦難し朽ちていった中小企業や零細企業を沢山見てきたからです。それが資本主義の現実でもあり、努力をして汗を流しても、高学歴者であっても、人格者であっても、市場の原理に合致していなければ、倒産することがあるのだと痛感したのを覚えています。それでも、あの自己主張の強い大阪の下町で、あの時代に育つことができ、松下幸之助や親戚の大企業役員、中小企業の経営者、そして自営業、零細企業の経営者に囲まれて育ったことは、今から思えば、大変貴重な体験でした。

そのような個人的な経験に関係なく、本書のタイトルどおり、社長を目指す人にも、またそうでない人にも本書をおすすめします。経営のアドバイスとしてだけでなく、人生の指針として、同氏の「道をひらく」等とともにぜひ一読いただきたいと思います。

経営と人生には相通ずるものがあります。経営においても人生においても、私たちは常に決断を迫られ、時には難しい決断に迷い悩みます。きっと皆さんにも心当たりがあるものと思います。そして、私たちは、苦しいから、先が見えないからといって、決断を回避したり延滞させたりすることができない時代に生きています。私が思うに、人が迷い悩むのは、自信がなかったり、力がなかったりするからではなく、自分に確固たる「よりどころ」がないからではないでしょうか。そんな時、迷い悩んだ時に本書は、その危機を乗り越え、成長への突破口を切り開いていくための、人生の「よりどころ」となり、励ましとなるでしょう。


本書では42の発言が取り上げられていますが、その中でも特に印象的だったものをご紹介します。

1 最高の熱意はあるか
絶対に必要なのは熱意である。社員が百人いて皆が熱心だとしても、社長は熱意にかけては最高でなければならない。

6 社員と対話する方法
時間の許すかぎり、会いに行く。聞きに行く。全員の意見を聞くことはできないが、その心持ちを大事にする。心の耳で聞いて、自然に分かる。そんな社長でいるだろうか。

14 みずからの運命を知る
自分というものの特質を知る。天から与えられた「運命」を知る。虚心坦懐に、自分というものをじっと見つめてみなければ、それは分からない。

18 目標を与え続けているか
水はよどんだら腐る。水と同じく、経営も流れていなければならない。決して老化させてはならない。ゆえに経営者たるものは、日に新た、常に会社と社員が進化するよう、目標を与えなければいけない。

22 決断を下す方法
素直な心で、心を空にしてものを見る。雑音を聞きながら、それを聞き分ける。そうして社員の進言を見極め、決断を下すのが、経営者の仕事である。

24 世論とどう対峙するか
平時は世論に従う。しかし、非常時にあっては、世論に反して行動しなければならないときがある。そのときの情勢に立って、考え、決心する。大事に臨んで決することができないようではいけない。

25 経験によるカンを磨く
カンと科学。どちらにかたよってもよくない。その二つを車の両輪のように使っていくべきではないか。

30 叱るという苦労
叱りもせず何もせずして部下が一人前になることはない。叱られてありがたいと部下に感じてもらえる、そういう社長でいるかどうか。

33 報酬と地位
社員がその地位に見合うだけの見識・適性がはたしてあるかどうか。それを見極め、さばいていくことが、経営者に課せられた大きな責任である。 (中略) たとえば、商売がまったく自分のものであるならば、それはどうやってもいいわけです。しかしこれは公共的なものである、“私”の企業といえども本質は社会公共の仕事であると、こうお考えになれば、そこに勇気も出てきますね。改革も出てきますね。私はそういうところにポイントをおいてお考えになれば、自然に道ができてくると思います。情誼なり功労はそれとして認めて、そのうえでやっぱりやる方法がありますね。西郷隆盛は非常にいい遺訓を残しているんです。それは、国家に功労のあった者には禄を与える、しかし地位は別だ、というんですね。地位は、その地位にふさわしい見識のある者に与えないといかんというんです。

34 顧客の大切さを肌で感じる
一人の顧客を守ることが、百人の顧客につながる。一人の顧客を失うことは、百人の顧客を失うことになる。その気持ちを忘れてはいけない。

36 苦難が楽しみとなる
経営とは一種の総合芸術である。白紙の上に価値を創造する仕事である。その道のりにおいて苦難、苦悩が待ち受けている。しかし経営者たるものは、その苦しさを味わい、それ自体が楽しみとなるようでなければいけない。


いかがですか?ピンとこないとおっしゃる方もいるのではないでしょうか。特に、20代であって、経営者やリーダーを目指していないという方は、よく分からない、面白くないと感じるでしょう。昨今、書店で販売されている30代の成功ベンチャー社長の書いた本と読み比べてみると、松下幸之助の言動が、古臭くて共感できないものと感じられるかもしれません。また同氏の本には、流行りのインターネットに関する情報や気の利いた未来予言等は含まれておらず、またアントレプレナーであるのにも関わらず、リスクを取れと書かれていないどころか、リスクは取るな、坦々とした道を選べ、と書かれていたりして、人によっては、がっかりすることでしょう。では、なぜ読むべきなのか?

松下幸之助は、時代が生み出した経営者なのです。その当時にあっては起業家であり、創業を果たしていますが、この書は、起業の書ではなく、経営の書なのです。従い、起業を考えている人にとってはすぐに役立つ話でもないし、もしかすると、この書を読んでむしろ起業を思い留まるかもしれません。しかし、たとえ起業に役立たなくても、起業を後押ししてくれなくても、起業をすれば、その後必ず経営をする時、しなければならない時が来ます。会社の経営をする時、人生の経営を続ける時に助けとなるはずです。経営を目指している方にも、そうでない人にも、ぜひ読んでいただきたい。

社長になる人に知っておいてほしいこと 出版社:PHP研究所
著者:松下 幸之助 (述), PHP総合研究所 (編)