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2013年1月

山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた
山中 伸弥 (著), 緑 慎也 (著)

山中氏がノーベル賞を受賞したことで、どれほど多くの日本人がその受賞を喜び、誇りを取り戻せたででしょうか。医学や科学を志す若者にどれほど多くの夢と光を再び与えてくれたことか、計り知れないほどの嬉しいニュースでした。

また、これからの日本の産業界にとっても大きな夢を与えてくれました。今までの日本人ノーベル賞受賞者と決定的に違うことは、権威付けられた年老いた大教授や大作家が受賞したのではなく、現役の研究者であり、経営者でもある若い山中氏が受賞したことが、次の日本の夜明けを期待させてくれるからではないでしょうか。

大阪市の町工場がご実家の山中氏は、SF小説が好きで数学や理科が得意でしたが、技術者であった父上から医師になれと言われたことをきっかけに医師を目指し、臨床医師になりますが、臨床医師としてはうまくいかなかったそうです。しかし、氏は医師であることに誇りをもち、医師として人に役立つことを成し遂げたいという強い意志をもっていました。まるで氏の好きなマラソンのように、いかにして最後までやり遂げるかを知っているように、人生の走り方をも知っているように感じられます。ノーベル賞は氏の一つのゴールなのかも知れませんが、同時に、また新たなマラソンのスタートを切ったようにも思いました。

臨床医学、薬理学を学んだ氏は、東大、京大、慶応など日本の知の集積地にいなかったからこそ、研究や実験の失敗を面白いと感じる心と価値観を養うことができたのではないかと私は思います。人と違う価値観をもって仮説を何年かかるとも知れない実験を続け検証してゆく勇気、そして一つのことに失敗してもそこから自分に誇りを持ち続けながら、自分なりの道を見つけることができた氏の話には、これからの日本の科学と産業の革新に欠かせないヒントが隠されている気がしてなりません。

先人が通った道順を覚えて、その道を歩いて高得点を取ったところで、革新は起こりません。既得権益者の中で凝り固まった考えに囚われている限り、広い世界に役立つ発想は生まれてきませんし、気づいたとしてもすぐに潰されてしまい消え失せてしまいます。氏も本書の中で、「先生のいうことを余り信じてはならない。中略。真っ白な気持ちで現象に向き合うこと。先入観をもたないこと」を教訓の一つとして挙げておられます。

また、グラッドストーン研究所の公募に応募した時の逸話は、日々、個人のキャリア相談や転職のお手伝いをしている私も、非常に興味深く拝読しました。分子生物学に関連した研究などしたことがない氏は、「分子生物学の実験も出来ますと書け。」という先輩の助言に従い、そのように書いたことで無事採用されたというのです。

実は、募集広告を出していた人とは違う人であったのですが、採用した研究者は、氏のレジメを見て実験の生産性が高そうなので採用したいと思ったそうです。仕事柄、私も応募条件に合っていないのに採用されるケースは、過去に沢山見てきました。私が日々の業務を通じて感じていることは、本当に人間の人生はやってみなければわからないことが多いということです。

偶然が起こる人と起こらない人、どこでそれが分岐するのかなど、誰にもわかりません。しかし、氏の今までの人生は、何度も何度も奇跡的な人との出会いが起きていることが分かります。しかも、それは偶然ではなく、自らが何度も何度も挑戦し、行動してきたからこそ起きた出来事だと思います。奈良先端大に応募した時にも「ノックアウトマウスを一人で作れるのか?」という質問に、何の根拠も自信もなく、「できます。」と言い切ってしまう精神力の強さは、他の日本の多くの研究者にはないものではないでしょうか。「どうせできなければクビだ。」という、ある種、開き直りや、自分に対する評価を心配するような変なプライドを全く感じさせません。それはもはや強みと言えると思います。

そして、紙一重の偶然で生み出すことができたiPS細胞。部下が偶然にも生み出してくれるという幸運に恵まれます。氏は恩師達だけではなく、部下にも恵まれていたのです。本書ではなく、TV番組で知ったことですが、その幸運を運んでくれた高橋さんという部下を戦略的に選んでいたと言っています。新卒の大学院生の中でも特に忍耐強い研究者として高橋さんを選び、見事に成果を挙げてくれたと言うわけです。高橋さんは、何年かかるか分からない基礎研究をいきいきとこなし続け、成果が出なくても心が折れないのだと言います。そのような研究者を抜擢するあたり、経営者としても立派だと言えるでしょう。

現在、CiRA(通称サイラ)という京都大学オープンラボの所長でもある山中氏は、研究者と経営者の2つの顔を持っておられ、どちらにも偏ることなく執務にあたっておられます。この研究所やその周辺から、数多くの研究成果、研究者が生み出してくれることが期待されます。

本書は、科学者、基礎研究者、そして医師を目指す若い人、そしてバイオ、再生医療、創薬などのベンチャーやイノベーションに関心のある人には勿論のこと、それ以外の人にもお勧めの書です。世界や社会に役に立とうという大きな志をもっている人には、ご自分の仕事、キャリア、そして人生を考える時に、多いに啓発される言葉に満ちた書であると思います。

山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた 出版社:講談社
著者:山中 伸弥 (著), 緑 慎也 (著)