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2012年4月

「ゲノムが解き明かす自分さがし」ぼくはどんなふうに生きるのだろうか
城戸 隆(著)

タイトルからして興味深い。パーソナルゲノムが話題になっている。
自分の遺伝子がわかれば人生や健康をコントロールすることができるのだろうか?
自分の生き方をよりよくすることができるのだろうか?
人生は遺伝子にすべて書き込まれているのだろうか?
人類が今、新しい扉を開けようとしている。大袈裟ではなく今世紀もっとも進化するのは生命科学の分野であろう。

筆者の城戸氏は慶応義塾大学にてコンピューターサイエンス、ハイブリッド検索の研究で博士号を取得している。NTT研究所にて海外に渡り、研究開発の経験を経て遺伝子解析ベンチャー、ビュービットゲノミックス社に参画。そしてさらに、スタンフォード大学の客員研究員としてバイオインフォマティックの研究を積み重ね、2009年から理研ジェネックス・JSTさきがけのプロジェクトとして、日本のパーソナルゲノムの応用研究をリードしている。ゲノム分野の気鋭のサイエンティストである。

その城戸氏の書は、遺伝子解析が開く未来の可能性と同時に、最先端医科学が有史以来、愚かな遣われ方をしてきたことへの警鐘、課題をも提示してくれている。金子みすずの詩を引用しながら、「一人ひとり違ってよい」ということを強く主張している。その「一人ひとり違ってよい」という考えが、氏の科学者としての価値観であり、基点となっている。

その価値観や氏の研究は、多くの教授や友人などすばらしい人々との出会いから生まれたものであることがわかる。その一つが、遺伝子解析のベンチャー企業、23アンド・ミー社との出会いである。氏は同社に自身と家族の遺伝子の分析を依頼し、本書ではそのレポートを例示しながらパーソナルゲノムについて解説している。その内容は、初心者にとっても分かりやすい。

人間の遺伝子配列が判明してからまだ10年強。しかしながらその発展は半導体の開発スピードをはるかに上回るものである。この先、バイオとITは確実に新たな発見をもたらしてくれるだろうが、同時に新たな未知の世界の扉を開くことになるだろう。

この書を読んで、読後に人生が劇的に変わることもなければ、職業選択に対する直接的な助言を得られるわけでもない。ただ、本書は、書店に並ぶ無責任なキャリア関連の書物や人生訓を論じただけの本よりも、自分の生命と死について科学的な視点をもたらしてくれるであろう。

また、クロニンジャーの最新のパーソナリティ理論などが紹介されている点も参考になるかもしれない。この理論では、人の気質について3つの軸を用いることで8通りに分類している。この3つの軸とそれをつかさどる可能性の高い神経伝達物質はそれぞれ、「新規探索傾向」ならドーパミン、「リスクを避けようとする傾向」ならセロトニン、そして「報酬を求める傾向」ならノルアドレナリンであるそうだ。それぞれ物質が多ければ傾向が強くなる。

例えば、ドーパミン(D4受容体)が多く新規探求傾向が強くて、セロトニンが多くリスクを避けようとする傾向が弱い、そしてノルアドレナリンが少なく報酬を求める傾向も弱ければ、その分類型は「冒険家」とよばれている。その反対側が「慎重」と呼ばれるという寸法である。あるいは、新規探求傾向が強いが同時にリスクを避けようとし、かつ報酬を求めようとすれば、その分類型は「神経質、自己愛性」とされる。その逆にある分類は、報酬に依存せず(求めず)、リスクや危険行動をとらず、新規探求傾向も低い、「独立した分裂病質」と分類されるといった具合である。

他にも興味深い調査例が紹介されている。「新規探求傾向の割合」について、日本では7%しかないが、アメリカでは40%にも及んでいる。さらにリスクを避けようとする傾向の強い人も、アメリカでは40%だが、日本ではなんと98%も及んでいるという報告もあるそうだ。日本人は、なかなか新しい事に挑戦する人は少なく、現状維持を支持する人が多いと言われてきたが、それが日本人の遺伝子にかかっている可能性を示しているという解釈ができるだろう。

ただし、城戸氏の主張は、「人生は遺伝子情報ですべてが決定されている」というものではなく、「生活習慣、心の持ち方によって、いい遺伝子のスイッチをオンすることができる」というものである。今後の遺伝子の研究が同時に、生きること、心のあり方の重要性を認識し、人類がいかにその成果を有効利用してゆくべきか議論をはじめなければならないといけないということである。そして、これからの日本は、城戸氏のような、新規探求傾向の強い日本人、リスクを恐れず人生に取り組み、interdisciplinary な研究に従事した科学者が、新たな社会のあり方を提唱する時代が来たことを示している。

「ゲノムが解き明かす自分さがし」ぼくはどんなふうに生きるのだろうか 出版社:星の環会
著者:城戸 隆(著)