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2011年8月

夜と霧 新版
ヴィクトール・E・フランクル(著),池田 香代子(翻訳)

原題: EIN PSYCHOLOGE ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER (心理学者、強制収容所を体験する)

1956年に初版が世に出たあと17カ国語に訳され、60年以上に渡って世界中の人に読み続けられている名著だ。発行部数は英語版だけでもすでに900万部を超えている。

フロイト、アドラなどの心理学を学びウィーン大学の心理学教授であったフランクルは、ユダヤ人の一人としてアウシュビッツ収容所に収容された。そこには過酷な労働、虐待、ガス室といったおよそ人間らしい生活とはかけ離れた、死が迫り来る、理不尽極まりない、いや絶望的ともいえる環境が待ち受けていた。

その中で、おびただしい数の被収監者たちの「小さな」犠牲や死に向き合っている人々の心理を観察し、かつ、自ら被収監者の一人として体験したことを学者として客体化し、記述している。通常であれば、到底客観視などできるはずのないすさまじい経験であると思うのだが、彼はそれを打ち破り、自らを客体化したのだ。

人生の中で絶望的な出来事や運命に遭遇すると、人は時に生きている意味を見失い、「人生の意味は何なのだろうか?」「私が生きる意味はない」と深い淵に陥ることがある。

勇気や希望を失うことがいかに致命傷であるか。クリスマスには帰宅できるという噂を信じてそこに希望をもっていた人の多くは、帰宅できないということがわかると一瞬にして生きる意味を失ってしまい、死んでしまったという。夢か現実かわからないほどの酷い環境の中では、未来にむけた意志は萎え、正常な判断や死や病に対しての感情までもが麻痺してしまうのだ。

そのような劣悪な環境の中でも、薬も手当ても不十分なチフスの治療所の医師として、偶然起きた幸運な出来事と些細な選択から最後まで生き残ることができたフランクル。そのフランクルの記述からは、ほんとうに多くを学ぶことができる。

フランクルは、心理学者として出来る限り多くの人を励まし続けた。彼はニーチェの言葉を使っていた。「なぜ生きるのかを知っている者は、どのように生きることにも耐える。」 すなわち、被収容者にことあるごとに生きる目的を意識させ、収容生活の酷さやおぞましさに耐え、抵抗できるように助言していたのである。

それでもなお、「生きていることにもうなんにも期待がもてない」と言う人がいる。そのような人に対してフランクルはこう言う。

「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、私たち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは、日々、時々刻々、問いかけてくる。私たちはその時に答えを迫られている。考え込んだり、言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。 生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々の要請を満たす義務を引き受けることに他ならない。」

「(生きることとは)つねに具体的な何かであって、したがって生きることが私たちに向けてくる要請も、とことん具体的である。この具体性が、ひとりひとりにたった一度、他に類を見ない人それぞれの運命をもたらすのだ。だれも、そしてどんな運命も比類ない。そしてそれぞれの状況ごとに、人間は異なる対応を迫られる。具体的な状況は、ある時は運命をみずから進んで切り開くことを求め、ある時は人生を味わいながら真価を発揮する機会をあたえ、またある時は淡々と運命に甘んじることを求める。」

生きる意味のみならず、苦しむことや死ぬことにも意味を見出すことを課題だとした。

「生きていることに何も期待できない」という自殺志願者に対して、フランクルは「人生に対して期待するのではなく、人生が私たちに何をしてくれるのかを期待している」というコペルニクス的転換で諭し、自殺を思いと留まることに成功している。

またフランクルは笑いについて、自分自身や人生について異なった視点から観察できる柔軟性や客観性が生まれるとも言っている。

終戦をむかえ、自由となったフランクルは述べる。

「収容所にいた全ての人々は、苦しんだことを帳消しにするような幸せはこの世にないことを知っていたし(中略)、わたしたちの苦悩と犠牲と死に意味をあたえることができるのは幸せではなかった。にもかかわらず不幸せへの心構えはほとんどできていなかった。」

「収容所の日々が要請したあれらすべてのことに、どうして耐え忍ぶことができたのか、われながらさっぱりわらないのだ。そして人生には、すべてがすばらしい夢のように思われる一日(もちろん自由な1日だ)があるように、収容所で体験したすべてがただの悪夢以上の何かだと思える日も、いつか訪れるのだろう。(中略)、もはやこの世には神よりほかに恐れるものはないという、高い代償であがなった感慨によって完成するのだ。」

震災後、日本の雇用環境は悪化し、厳しい状況に閉じ込められたような感覚や、自分の努力が及ばない悪夢のような状況に陥ってしまう人も数多く出てくると思われる。そのような時でも「未来が待っていること」、「生きる意味を自分で見出すことが重要であること」を本書は改めて知らしめてくれる。

夜と霧 新版 出版社:みすず書房
著者:ヴィクトール・E・フランクル(著),池田 香代子(翻訳)